お昼を食べて会社へ戻る途中、Oさんに会った。
「おぉ、サキちゃん」「あ、お久しぶりです」「元気?」「暑くてバテてます」「お昼休憩?」「そうなんです。いま戻るとこ」
「そうかー。あ、アイス買ってあげる」「やった!サーティーワンサーティーワンだよね?!」「わかった、サーティーワンね」。
Oさんは、会社の人たちの分も買ってくれた。
「今日の夜は空いてる?ご飯行こうよ」「行く!」「肉?」「肉!」。
気軽に誘ってもらえるのはとても嬉しい。なかなか自分からは誘えないので、なおさら。
こりゃモテるなぁ。


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20時に待ち合わせして、焼き肉へ行った。わたしはナムルとセンマイ刺しとタン塩が食べたい、とだけ言って、他はOさんにお任せ。
Oさんは仕事の話をたくさんしてくれて、聞いてくれた。
こりゃモテるなぁ。


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食べ終わってカフェへ移動し、コーヒーを飲んだ。家の前まで送ってくれて、外人みたいなハグをして、お別れした。
こりゃモテるなぁ。

この日記に、いつもの数十倍のアクセスがあった。なんでか分からないけれど、よかったらまた来てください。

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国立新美術館で「クリスチャン・ボルタンスキー展」を見た。

流行の服を着た若い人たちが多かったこともあって、30年後の原宿ってこんな感じなんじゃないかなぁと思った。

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「黒いシンプルなワンピースにワッペンをつけようと思うのだけど、どこがいいかなぁ?」と聞かれたので「入れ墨を想像するといいんじゃない」と答えた。

我ながら良い回答だったと思う。

Tさんがわたしの部屋に泊まった。

お昼過ぎに起きて、近所のカフェでサンドイッチとコーヒー。

隣の席にはお母さんらしき人と、ベビーカーの赤ちゃん。赤ちゃんがギャン泣きしてしまい、なかなか泣き止まない。

「おー、元気だ。世界の宝が泣いてるねぇ」とTさんが言うと、お母さんらしき人が「すみません、ありがとうございます」と、涙ぐんでいた。

お母さんらしき人が抱っこしている間は泣き止んでも、ベビーカーに寝かすとまた泣いてしまう。

「お母さん、ご飯食べられないですね。わたしで良ければ抱っこしてもいいですか」と思わず言ってしまった。

完全に出過ぎたことをした。こちらはもう食べ終わっているし、断られたらすぐにお会計をして出ればいいか。

一瞬でそんなことを考えていたら、お母さんが「お願いします」と即答してくれた。

生後半年の女の子。か、可愛い。お母さんの対面席に座り、赤ちゃんを受け取る。たった10分ほどだったが、わたしでも泣き止んでくれたのでほっとした。

帰り道、Tさんがぼそっと「俺も抱っこしたかったな」と言った。それはハードル高かろう。


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Tさんは仕事をしに自宅へ戻ると言っていたが「やっぱやめた」とわたしの部屋に一緒に帰った。

シャワーを浴びたついでにお風呂を洗ってくれていた。そういうところ、割と好きよ。

 

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小さい頃、「忘れる」ということがどういうことか分からなかった。

流行した『ウォーリーを探せ』も、何度も楽しめるわけがないと思っていて、マジックで思い切り○を付け、母親に怒られても意味が分からず困惑した。

(これに関して言えば “画像で覚える”ことが得意だったからかもしれない)

「覚える」ことを強要されていなかったし、「変わる」ことも知らなかった。その分、「今」に絶望していた。

髪を切りすぎれば一生このままだと思っていたし、頭が痛くなれば近い将来死ぬのだと思っていた。

大人になって、覚えなくてはいけないことが増えて忘れることを知り、

変わることを知って「今」への絶望度は増した。

 

明日やることはメモにして残す。

髪を切りすぎて落ち込んでも、いつかは伸びると言い聞かせることができるが、しばらくかかるという事実に深く深く絶望する。

頭痛がしたら、「またか」と呟き薬を飲むが、しばらく痛みに耐えなくてはならない。

こんな風に、わたしはあなたを愛しているんだよ、と言っても伝わらないかな。

大きめの仕事が、ひとまず終わった。

担当プロデューサーがギリギリを攻める人で今日までひやひやしっぱなしだったが、隠さずいろいろ相談してくれたので助かったし、嬉しかった。

普段なかなか二人きりにはなれない同僚が、現場に手伝いに来てくれたタイミングでいきなり本音を話してくれたのも嬉しかった。

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常日頃から、つながりに感謝、出会いには恵まれている自分、みたいなことは言うのは「気持ち悪い」くらいに思っている。

自分が歩んできた道、そこにいた自分は、褒められたものではない。仕方ないものだったという自覚がある。そこにいなかった自分にこそ意味がある。

わたしはそこにいないことを目指しているんだよ。「お前とは違うんだ」。

 

「わたしが死んでも誰も悲しまない」とは思わなくなったが、それと引き換えに、わたし以外の生活は続くことがはっきりした。それだけ。

SMAPが解散してもいろいろまわってるんだから、自分が仕事を辞めることくらいなんてことない」というのをツイッタ―で見かけて、思わず笑ってしまったが、笑ったあとに落ち込んだ。

間に合わない追いつかない気づかないやり直したい変わりたい。

昨日の夜中、大雨が降った。

泣けない自分の代わりに泣いてくれているように感じるなんて、言葉の正しい意味でどうかしている。

最近のこと。

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松尾スズキプロデュース 東京成人演劇部 vol.1 『命、ギガ長ス』を見た。
松尾さんほど、商業(演劇)とアマチュア(精神)を両立している人もいないと思うが、それでもこういうことをしたくなってしまうところを、わたしは信頼しているんだな、と実感した。定期的に、なんでわたしは松尾さんのそばにいないのかな、と思う。

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自分に体力がないことが分かっているから、快適でいることにものすごく執着がある。

それでも生きていく、それでも生活はつづく、それでも世界は美しい

聞き飽きたんだ。

その向こう側に行きたくて、生きている。もう39年だよ。

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久しぶりに仕事以外で実印を推した。わたしを選んでくれてどうもありがとう。

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仕事が忙しくて、限界を迎えて2日ほど休んだ。どんどん醜くなっていく自分を感じる。