Yさんのこと。
Yさんは、基本、家で仕事をしていているデザイナー。写真を撮ったり絵を描いたりもしている。
作家と、その装丁を担当した彼のトークショー&サイン会に普通にお客として行ったのが、初対面だ。
オリジナルのポストカードを用意しサインとイラストを描きながら、ひとりひとりと丁寧に話をしていたYさんは、わたしの顔と名刺(サインの宛名用)を見て、「あぁ、サキちゃんって感じですね」と言った。「そうですか?」「うん」「何の絵がいいですか」「わたしの顔を」「わかりました」。描いてくれた似顔絵は、似ているのに可愛いという、 最高のものだった。

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それから一カ月ほど経った頃、わたしが住んでいるマンション近くの上島珈琲で、偶然会った。
隣の席に座ろうとしたわたしに、先に気付いたのは彼の方で「あ、サキちゃん」と、さも待ち合わせしていたようなテンションで言ったのだった。
「あ、Yさんだ」「お久しぶりですね」「久しぶりって言うか…はい」「この辺に住んでいるの?」「はい、すぐ近く。あ、Yさんの事務所もこのへんですよね」「うん。事務所も家も同じ」「ていうか、よく気づきましたね。名前まで覚えてるなんてすごいです」「うん。だって可愛かったから」「……」「よかったら向こうのソファ席に移らない?」「はい」。

「サキちゃんは、どんな生活を送っているの」「生活ですか」「うん」。
とりとめもなく、お互いのことを話し続けた。仕事のこと、家事のこと、最近読んだ本のこと、見た映画のこと。おいしかったコーヒーのこと。子どもの頃のこと。冬になると寒くて仕方ないけれど気に入っている家のこと。
年齢を言ったとき「思ったより離れてなかった!」と喜んでいたのを覚えている。
黒糖ミルク紅茶がなくなる頃、「ちょっと、一緒に散歩しない?」と言われ「すっぴんなんで、遠出はちょっと」「じゃぁ俺も一緒に一旦サキちゃんの家に行く!化粧してるの見てる!」「……いいですよ」「やった!」。
こういうのもありか、と思った。

「サキちゃんはさ、付き合っている人はいるの」「いないです。いたら家にあげませんよ」「そっかー。じゃぁ俺と付き合ってほしいなぁ」「はい。よろしくお願いいたします」「やった!」。
この流れにまったく不安がないことに、感動すらしていた。

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