セックスをして、心底安心した。たとえわたしから襲ったとしても、Kさんの性的対象にはなれたと実感できたから。
「相性がいい」ということがどういうことなのか、昔からピンときていなかった。
歴代の恋人に言われるたびにどういうこと?と聞き続けてきたが、Kさんに「サキちゃんも俺もドスケベだってこと」と説明され、初めて納得した。
物理的な身体の相性ということではなくて、セックスに対する考え方が合うということなんだろう。
トイレに行って鏡を見たら、あからさまに女の顔をした自分がいて、この分かりやすさは自分でもどうかと思う。

「ずっとずっと舐めていたい」「気が狂うまでやりまくりたい」「これから一人でするときはなるべくわたしのことを思ってほしい、AVは見てもいいけどわたしの顔や身体をうまいことオーバーラップさせてほしい」
「そんなこと初めて言われたわ」「今日でサキちゃんの身体とか声とか覚えたから、出来ると思うよ」。
***
この先も一緒にいられるだろうか。誰にも分からないことで不安になるのは嫌だけれど、Kさんがわたしをぎゅうぎゅう抱きしめながら「こんなに面白い子、俺から手放すわけないよ」と言ってくれたので、ポロポロ泣いてしまった。

Kさんが初めて家に泊まった。
USBと紙資料を持ってきたので嫌な予感がしたが案の定、残っている仕事があるとのこと。結局「サキちゃんちで仕事ができるか試してみる」テストになった。
数時間で終わると言っていたが丸一日かかり、初のお泊りはイベントではなくいきなり「生活」で、わたしは周期的なこともあり眠ってばかりいた。
そのうち「二泊してもいい?」と口にしたので、テストはうまくいったのだと分かった。
アイディアに煮詰まっているKさんと散歩に出る。柚子醤油ラーメンを食べ、ドン・キホーテでマスクと「念のため」とコンドームをカゴに入れていた。

仕事がひと段したあとの目覚めは清々しく、カレーを食べて近くの公園まで歩いた。いつも並んでいるたい焼き屋さんに人がいなかったので、焼きたてを1匹買った。
公園でのんびりして初めて二人で写真に収まる。「生活」の顔をしていた。

夕方ごろ帰宅して、ゴロゴロしているKさんを襲った。

親友ふたりと飲んできたというKさんと電話。
「恋人ができた、来年にでも結婚する」「早くしろ」という会話をしたらしい。
「お前がそんな風に言うなんてすごい」「逃がすな」などなど。
ポイントとしてはやっぱり仕事を手伝った(そしてそれを猜疑心の強いTさんが頼んだ)ということらしい。

Kさんの元恋人は「なーんか変わっていて面白い人」として周知されていて、わたしは遠く及ばない。
周りの人に「結局普通の人を選んだね」と思われることがKさんの為にはならなさそうだし、Kさん自身も「こいつつまんないなぁ」と思う日が来るのではないだろうか。
やんわりそれを伝えると「元恋人は、最初から大根だと思って畑から抜いたらそのまま大根で、サキちゃんは抜いてみたらいろいろくっついてきて本当に面白いよ」と言われた。
過日、わたしはKさんに、他人にはそう話さないことを告白した。それがたいそう面白かったようで、そのことを指しているのだろう。
納得は出来ないが、なんとなく理解した。

セックスもまだしていないのに浮気も心配だ。
「浮気はしないなぁ、そういう気持ちにならないよ」
「それはわたしとあなたがまだしていないからでしょう」
「いや、したらもっとそういう気持ちが加速すると思う」。
Kさんのこの自信はなんなんだろう。

本社での面談の為に髪を少し暗めに染めた。
格段に幼くなるしおしゃれに気を使ってない感じになってしまうので、化粧をしなければならないしちゃんとした服を着なくてはならないのが面倒だ。
ビデオ通話でKさんに見せてみたがあまり反応がない。良いとか悪いとかでなく、ない。
甘い感じで褒められたこと、一回もないんじゃないかな。やっぱりわたしのこと、「恋人」としては「そんなに」なんじゃないかな、と感じる。
そのくせ自分は、仕事で使っている名前ではなく本名で呼んで欲しい、みたいなことを遠回しに言う。
友達だし恋人だし妻だし夫だし母だし父だし、仕事仲間でもある、というのがわたしの理想だけれど、
まだセックスをしていないのに「恋人」要素がここまでないのはしんどいな。
テレビに出ているアイドルを褒めるKさんを嫉妬の気持ちではなく悲しい気持ちで見てしまう。
早めにきちんと話しておかないと、一人でしくしく泣いたあと爆発してしまうかもしれないな。

Kさんの仕事の最終確認を手伝った。
広い机が必要な作業で、富士そばで軽く食べ、いざルノアール
デートの雰囲気は一切なかった。
「ケーキ食べたいんやけど」「机が埋まるやろ、終わってからな」「そやな」。
閉店時間になっても終わらず、漫画喫茶へ。
広めのカップルシートに入るも色気なく作業を進めた。
作業が終了して思わずしたハグも「トンネル開通工事を達成した作業員のそれやな」と言うので二人で大笑い。
その後、放心するKさんに言葉なく近づき、ぺったりくっついて唇をペロペロ舐める。
「犬…犬がいる…」。
Kさんは犬を飼って思いきり可愛がるのが夢だという。「メス犬は嫌だな、嫉妬する」「犬にもするんか、すごいな」という会話をしたことがあった。
「犬がいる…これは飼わなくてもいいかもしれん…」。

「人に仕事を手伝ってもらうということが苦手だったが、その意識が少し和らいだ、ありがとう。相棒っていいね」と言われて、それは良かったなぁとしみじみした。

この冬、毎日酷使した「真っ白な土鍋」が真っ白なまま春になった。上出来だと思う。
"使ったらきちんと洗う"が、できるような安定した冬だったということだ。

***

Kさんと初めて会ってから、4ヶ月がたった。初めて二人きりで会ってからは3ヶ月。
総計10回。
Kさんの仕事のゴールが何となく見えてきた。わたしは大人なので、この先が怖い。

Kさんが忙しい中まめに構ってくれるので、今までの恋人にも同じようにしていたのかと聞いてしまった。答えは想像通りで、想像以上に落ち込んだ。
「今までの恋人なんて比べ物にならないよ、サキちゃんだけが特別だよ」なんて、Kさんが言うわけない。そんなことを言う人を、好きになるわけない。
それなのに、わたしは特別な存在でいたいと思ってしまう。
自分で仕掛けた罠に引っかかってジタバタして、暴れれば暴れるほど傷がどんどん広がっていく。