Aさんの鋭さにはほとほと参った。
ファミリーレストランで合流した途端、「あれ、犬端さんなんか……」と言ってわたしをじっと見た。そして「妊娠してる?」と聞いてきたのだ。「え?」わたしは動揺した。妊娠はしていない。でもさっき、やらしいことをした。「なんか顔が……雰囲気か。そういう気がした」「え……妊娠は、してないと思いますけど」「その可能性は、ないの?」「ええっと……」
さっき、恋人のMくんとセックスをしようと思ってラブホテルに入ったのだ。
一緒にお風呂に入っているとき、わたしは生理になった。 Mくんは「わー! 痛くないのに出てる血、初めて見た」と、たいそう喜んでいた。痛くないわけじゃないんだけどね、と思いながら「最初のセックスは、生理じゃないときがいい」と言った。Mくんは「うんうんうん、分かった」と湯船から体を乗り出して洗い場のわたしの頭をわしゃわしゃと撫でた。
それから、セックスじゃないやらしいことをした。

その後がいま、だ。Aさんに会っている。
Aさんには、すべてが見えているようだった。わたしは正直に「新しい恋人が出来て、さっきまでやらしいことをしてました」と言った。Aさんはニヤリともニコリともせず「そうなんだー」と言い、テーブルに左のほっぺたをペタリとつけた。そして、日能研のリュックを背負った子供を見ると、絶対に【N】をなぞるという友達の話をし始めた。
「しかもさー、ソラでなぞるんじゃなくて、近づいて行って、直接リュックをなぞるんだって。それ、子供本人は気付かないかもしれないけど、周りは気付くよねー。あははは。」そのままの体制で店員さんを呼ぶベルを押したあと、Aさんは起き上がった。「僕、和風おろしハンバーグの洋風セット」。わたしは慌てて、あぶらっぽい、ねとねとしたメニューを開いた。